「しもかわしいたけ」とは——一の橋バイオビレッジから生まれた森のしいたけ
北海道のほぼ中央北部、面積の約9割を森林が占める下川町。その森の恵みを受けて育つのが「しもかわしいたけ」です。
外がマイナス30℃まで冷え込む厳冬期も、ハウスの中は春のような暖かさ。森の木が生み出す熱に包まれて、肉厚で香り高いしいたけが、毎日ゆっくり育っています。
このしいたけは、ただの特産品ではありません。衰退しかけた集落を立て直そうとする取り組みのなかから生まれた、町の挑戦そのものでもあります。
衰退の懸念から始まった栽培
下川町でしいたけ栽培が本格的に始まったのは、2014年(平成26年)のことです。
舞台は、町の中心部から少し離れた一の橋地区。かつて林業や鉄道で栄えた集落でしたが、人口減少と高齢化が進み、地域の未来をどう描くかが大きな課題になっていました。集落の存続そのものが心配されるような状況だったといいます。
そこで下川町が打ち出したのが、「一の橋バイオビレッジ構想」です。木を燃料に地域全体へ熱を届け、その熱で農産物を育てる——森林資源を軸に、新しい暮らしと産業を同時につくろうという構想でした。その中心的な産業として選ばれたのが、しいたけ栽培です。
木質バイオマスによる地域熱供給システムによって、ハウスは一年中暖かく保たれ、雪深い冬でも栽培できる環境が整います。現在では年間約100トンを超えるしいたけを生産し、約20名の地域雇用を支える、町を代表する産業のひとつへと育ちました。
人口が減り続けていた集落で、約20名分の働く場所が生まれたことの意味は小さくありません。衰退が懸念された小さな集落から生まれた一粒は、いまや下川町の「森と暮らしの循環」を象徴する存在になっています。
なぜ「しいたけ」だったのか
数ある農産物のなかで、下川町がしいたけを選んだのには明確な理由がありました。生産者に聞くと、その答えは町の未来を見据えた選択だったことがわかります。思いつきや流行ではなく、「この町で続けられるか」という基準で選ばれた作物だった、ということです。
ひとつは、「森の町」だからこそ木を活かす産業を、という発想です。木を伐り、製材し、その過程で出るおが粉までを菌床の原料として無駄なく使う。森の恵みを余すことなく活かすこの仕組みは、森林に覆われた下川町だからこそ実現できたものでした。町にある資源で完結できる産業を選んだ、ともいえます。
もうひとつが、一年を通して収穫できるという点です。多くの農産物が季節限定の収穫になるなか、しいたけは温度と湿度を管理すれば通年で生産できます。雪深い冬を抱える下川町にとって、冬期間も含めた安定した雇用を生み出せることは、何にも代えがたい強みでした。
農業の多くは、冬になると仕事が止まります。それは、冬の長い土地では人が定着しにくい理由のひとつでもあります。一年中働ける産業があるということは、季節をまたいで暮らしを設計できるということです。四季を通じて働ける場所があることは、地域に暮らす人の安心であり、若い世代が町に根を下ろすきっかけにもなっています。森を活かし、人を活かす——この二つの視点から、しいたけは選ばれました。
おいしさの話に入る前に、この一粒が「町を続けるための産業」として始まったことを知っておくと、しもかわしいたけの見え方が少し変わってくるはずです。味の良さの奥に、町の選択がある——そんなしいたけです。
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