東京のIT企業経営から、下川町の豆腐屋・肉屋へ|大東洋克さん
事業承継は「店を継ぐこと」ではなく、「地域の可能性に飛び込むこと」だった
地方で何かに挑戦してみたい。 地域おこし協力隊として活動したい。 事業承継やローカルベンチャーに関わってみたい。 そんな思いを持ちながらも、「自分にできるだろうか」「経験がないのに飛び込んでいいのだろうか」と迷っている人は少なくないはずです。
下川町で豆腐店と精肉店を引き継ぎながら、東京の会社経営や地域発のプロジェクトにも携わる大東さんの歩みは、そうした人たちに多くの示唆を与えてくれます。大東さんが語るのは、地方移住の美しさだけでも、事業承継の苦労話だけでもありません。そこにあるのは、地域で挑戦することの現実と面白さ、そして「自分だからできること」を見つけていくプロセスです。
音楽の道からIT業界へ。キャリアは一見バラバラでも、根っこはずっと同じだった
大東さんは香川県出身。高校卒業後にアメリカへ渡り、8年間音楽活動を続けました。帰国後も、音楽を続けながら働ける環境を求めて仕事を探し、東京のIT企業に入社しました。そこから事業責任者を経て新規事業の立ち上げ、海外展開、スタートアップ支援、クラウドファンディング企業の経営参画、メディア支援など、国内外をまたぐ幅広いキャリアを築いてきました。
経歴だけを見ると、音楽とIT、さらに今の豆腐や肉の仕事は、まったく別々の世界に見えます。ですが大東さん自身は、それらを「根幹は全部同じ」と言います。 「音楽やるのも、会社経営やるのも、事業やるのも全部同じ。豆腐を作ろうが、肉を切ろうが、ITをやろうが、根本の原理原則は同じだと思っています」 その言葉は、地方でのチャレンジに二の足を踏む人にとって大きなヒントになります。 地域で新しいことを始めるとき、多くの人は「専門性がない」「経験がない」と不安になります。けれど大東さんが大切にしているのは、表面的な職種の違いではなく、顧客のことを知り、事業の本質をつかむ力です。
誰に、どんな価値を届けるのか。
相手が何に困っていて、何を求めているのか。 それを想像し、形にし、届ける。 その本質は、都会のITサービスでも、地方の小さな食品店でも変わらない。大東さんの歩みは、経験の有無以上に、物事の本質をどう捉えるかが大切だと教えてくれます。
下川町への移住は「地域に憧れたから」ではなかった
大東さんが下川町に移り住んだ背景には、典型的な「地方移住への憧れ」があったわけではありません。もともと、都会か田舎かという二項対立に強い関心はなく、仕事はどこでもできるという感覚がありました。コロナ禍以前からリモートで仕事をしていたこともあり、場所に縛られない働き方はすでに現実のものだったのです。
移住のきっかけは、子どもを自然豊かな環境で育てたいという思いでした。そうして始まった下川での暮らしの中で、大東さんは都市部では持ちにくかった感覚に出会います。 「東京から地域活性化を語っても戯言だと思う。自分の半径5メートル以内で起こっていることから始めないと、ちゃんと関心を持って取り組みを続けるのは難しい」 この感覚は、地域おこし協力隊やローカルベンチャーに関心のある人にとって、とても重要です。 地方で活動することは、壮大な理念を掲げることではなく、まず目の前にある暮らしや課題、人との関係を自分のこととして受け止めることから始まります。 大東さんは、地域を「救おう」として下川に来たわけではありません。 でも、暮らす中で見えてきたものに素直に反応し、自分にできることを探し始めた。 その自然なプロセスこそ、地域で無理なく続く挑戦のあり方なのかもしれません。
豆腐店の承継は、「時代遅れ」という言葉から始まった
大東さんが最初に事業承継することになったのは、町内の豆腐店でした。 当初大東さんの関心は、豆腐そのものよりも「まちの中にある店を残したい」という思いにありました。地域の暮らしを支える店がなくなることへの危機感。それが最初の入口でした。 ところが、先代から投げかけられたある言葉が、大東さんの気持ちを決定づけます。 「今は豆腐なんて工場でスイッチひとつで大量生産される時代。手づくりで手間を掛けてつくる豆腐は時代遅れだから、店舗を別のことに使った方が良い」 多くの人なら、その言葉を聞いて引いてしまうかもしれません。 でも大東さんは違いました。むしろその瞬間に「スイッチが入った」と言います。 「誰にでもできる効率の良いことには興味がない。みんながやらない、手間を掛けてでも人と違うことに挑戦する、ここにこそ価値があると思った」 これは、ローカルベンチャーや事業承継を考える人にとって象徴的なエピソードです。 地域に残っている事業の多くは、一見すると非効率で、時代に合っていないように見えるかもしれません。けれど、その中にこそ、他にはない価値や文脈、地域固有の資産が眠っていることがあります。
承継後、大東さんは朝5時半から先代と一緒に豆腐をつくり、その製造のノウハウを学びました。承継に消極的だと思っていた先代が、実際にはとても親身に製法を教えてくれたことが印象に残っているといいます。その経験を通じて、大東さんは単に商売を受け継ぐのではなく、先代の歴史や誇りも引き継ぐことの意味を強く感じるようになりました。 新しい屋号に変えた後も、店には先代の歴史を伝える看板を残しています。 それは、「新しくすること」と「残すこと」を対立させるのではなく、両方を抱えながら次に進む姿勢の表れです。
精肉店も継ぐ。2店舗同時承継に踏み出した理由
豆腐店の承継が動き出したのとほぼ同時期に、大東さんのもとには町内の精肉店の承継話も舞い込みました。 まったく異なる業種の2店舗を、ほぼ同時に引き継ぐ。しかも大東さんには東京で経営している会社もある。 それでも大東さんが決断したのは、「なくなったら困る」というシンプルな危機感に加え、今の時代に必要な条件を組み合わせて実行できる人は限られていると感じたからでした。 資金を調達すること。 情報発信やPRを行うこと。 ITを活用して効率化すること。 事業として持続可能な形に組み替えること。 それらを総合的にやるなら「自分がやるしかない」と感じた。 この感覚は、地域で何かを始める人にとって重要です。地域では、ひとつの専門性だけでは足りない場面が多くあります。経営、現場、広報、関係づくり、資金、制度理解。さまざまな要素をまたいで動く必要がある。その時に必要なのは、完璧な専門家であることより、複数の要素をつなげながら前に進める人なのかもしれません。
この挑戦を支えたのが、地域おこし協力隊の任期を終えるタイミングにあった澁谷さんの存在でした。大東さんは「彼がいなかったら、ここまで来られなかった」と率直に語ります。 澁谷さんは、今では店舗の仕入れや売り上げ管理、製造面でも中心的な役割を担い、今後はハンターとしての経験も活かしながらジビエの事業展開も進めていく予定です。ここには、地域おこし協力隊のその先のキャリアの一例も見えてきます。
協力隊の任期終了後、地域に残るかどうか。 どんな形で生業をつくるか。 地域の事業承継やローカルベンチャーとどう接続できるか。 大東さんと澁谷さんの関係は、協力隊経験者が地域の担い手として次のステージに進むモデルとしても、とても示唆的です。
事業承継は「引き継いで終わり」ではない。むしろそこからが始まり。
地域で事業承継というと、感動的なバトンリレーのように語られることがあります。もちろん、そうした一面もあります。けれど大東さんの話から伝わってくるのは、もっと現実的な姿です。 豆腐店は、まず製造技術を習得しなければ成り立ちません。豆腐は簡単には作れず、身体で覚える必要があります。 一方、精肉店にはまた別の難しさがあります。仕入れ、加工、在庫管理、品質管理、衛生管理、そして冷蔵・冷凍設備の維持コスト。 大東さんたちは、精肉店の大型設備を入れ替えるなどしてコストを大きく圧縮し、持続可能な運営に向けて仕組みを変えてきました。つまり、事業承継は「そのまま受け継ぐこと」ではありません。持続性を高めるために変えることも必要なのです。 ローカルの仕事は、やりがいや情念、地域貢献だけではなく、収支や体制、オペレーションまで含めて考えなければ、事業は持続しません。 でも逆に言えば、そこに向き合える人には大きな余地があります。 地域には、価値があるのに、仕組みの更新が追いついていない事業がたくさんある。そこに外の経験や別分野の視点を持ち込むことで、新しい可能性が生まれるのです。
「ITと食品製造は同じ」という言葉から見える、地域ビジネスの本質
大東さんは、IT業界から食品製造・小売へ飛び込んでも、根本では何も変わらなかったと言います。 「お客さんがどんなニーズを持っているか、どんな課題を解決したいかを想像して価値を届ける。それはITのサービスも豆腐屋も肉屋も同じ」 この視点は、地域ビジネスを特別視しすぎないためにも大切です。 地方の商売というと、どうしても「地域貢献」や「人情」の文脈だけで語られがちです。もちろんそれも大切ですが、大東さんはそこに留まりません。お客さんのニーズを見て、提供する価値を考え、改善を続ける。その姿勢は極めてビジネス的です。 ただし、地域での商売には都市部にはない魅力もあります。 それは、お客さんの顔が見えることです。 どこから来たのか。 何を買っていったのか。 何をおいしいと言ってくれたのか。 そうした会話が、次の改善や商品づくりにつながる。ITの世界では数字やデータで見ていたものが、店舗では生身の反応として返ってくる。その手触りが、大東さんにとって大きなやりがいになっています。 地域で小商いをしたい人、ローカルベンチャーに関わりたい人にとって、この「距離の近さ」は大きな魅力です。市場調査の前に、店頭でお客さんと話せる。仮説と検証が、暮らしの延長線上で起こる。そこに、都市の大規模ビジネスとは違う面白さがあります。
地域おこし協力隊や事業承継希望者、地域のプレイヤーに伝えたい、「気合いを入れすぎない方がいい」という感覚
大東さんの話の中で印象的なのが、事業承継に対する姿勢です。一般的には、人生をかけた大きな決断、覚悟の挑戦、という語られ方をしがちですが、大東さんはむしろ「そんなに気合いを入れすぎない方がいい」と話します。 「人生かけて頑張るぞ、みたいな感じでやるとどこかで疲弊する。ふらっと来た人を周りが支える方が、持続性が高いと思う」 この言葉は、一見すると軽く聞こえるかもしれません。けれど実は、地域で続く挑戦の条件の一つなのかもしれません。 地域の事業承継やローカルベンチャーは、個人の情熱だけに依存すると長続きしません。 継ぐ人が孤軍奮闘するのではなく、先代、地域住民、周囲の事業者、行政、関係人口など、多くの人が少しずつ支える構図が必要です。 大東さん自身も、「聞いたよ」と言われるだけではなく、実際に店を使ってもらうこと、応援が見える形になることの大切さを感じています。 事業承継は、継ぐ人の覚悟の問題だけではなく、地域の受け止め方そのものが問われる営みでもあるのです。 これは、地域おこし協力隊を受け入れる地域にも通じる視点です。 人を呼べば終わりではない。 チャレンジする人が、地域の中でちゃんと支えられ、関係を築き、失敗しながら続けられる環境があるか。 その土壌づくりこそが、地域にとって重要です。
これからの挑戦は、商品だけではなく「場」もつくること
大東さんの取り組みは、今ある店を維持することだけにとどまりません。 これから先には、いくつもの展望があります。 たとえば、豆腐づくりで出るおからを活用した商品開発。 町内で資源として活かしきれていない鹿肉を、きちんと食卓に届ける仕組みづくり。 さらに、別の閉店したばかりの飲食店の店舗スペースを活用して、地域食材を気軽に楽しめる場所や、子どもたちが放課後に立ち寄れるサードスペースをつくる構想もあります。
ここが面白いのは、単なる商品開発ではなく、地域の食文化や居場所づくりまで視野に入っていることです。 ローカルベンチャーとは、新しい会社を立ち上げることだけではありません。 地域資源をどう編集し、どんな場や関係性を生み出すか。そこまで含めて設計していく営みです。 また大東さんは、おからを使ったお菓子づくりなどに挑戦したい人がいれば、一緒に設備を使って商品化していくことにも前向きです。これは、ひとつの事業者で完結するのではなく、次のチャレンジャーの入口をつくるという意味でも重要です。 地域で先に挑戦した人が、次の人の足場になる。 そうした連鎖が生まれると、地域の挑戦は個人の点ではなく、面になって広がっていきます。
下川での挑戦から見えてくる、ローカルで働く魅力
大東さんは、都会で働く若い世代に地方の小さな店の魅力を問われたとき、印象的な言葉を返しています。 「営業時間は自分で決められる。自分が売りたいものを作って、自分で売ればいい。電車に乗らなくていいし、自分で決めたことを、自分の信念でやれる。これほど素晴らしいことはない」 もちろん、すべての人に地方が向いているわけではありません。 大東さん自身も、それは適性の問題だと言います。人に決めてもらった方が楽な人、自分で意思決定するより組織の中で力を発揮する人にとっては、都市の働き方の方が合っていることもあるでしょう。 でも、もしあなたが、 自分で決めたい、 自分の手で価値をつくりたい、 人との距離が近い場所で仕事をしたい、 地域の中で事業をつくってみたい、 そう思うなら、地方の小さな商いはとても豊かなフィールドになり得ます。
地方での挑戦は、特別な誰かのものではない
大東さんの姿から伝わってくるのは、地域での挑戦は決して「特別な人だけの物語」ではないということです。 むしろ、これまでの経験の一見バラバラな点と点をつなぎ、目の前の地域の現実に向き合い、自分なりの役割を引き受けていくこと。その積み重ねの中から、事業承継もローカルベンチャーも立ち上がっていくのだと思います。 下川町で豆腐を作り、肉を売り、人と話し、次の場を構想する。 その営みは、地域で挑戦したいと考える人に、静かだけれど確かな勇気を与えてくれます。 もし今、地域で何かを始めたいと考えているなら。 必要なのは、最初から完璧な答えを持っていることではなく、目の前の人や場所に関心を持ち、飛び込んでみることなのかもしれません。
下川町のコト
下川で起きていること、集まる、つくる、過ごす。ちょっとした素敵の物語。
タノシモ、しもかわ。
関連サイト
しもかわ財団のnote: note しもかわ財団
下川町の暮らしを動画で知る: YouTube 北海道下川町移住サポート
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