この仕事、何のためにやっているんだっけ。元中央省庁職員が、人口2,700人の下川町で見つけた「現場で動かす」仕事|菅沼亮輔さん
ICT支援員として毎週通っている小学校の畑づくり
「ネットや本に載っている“答え”を、現場で動かすのって、想像以上に難しいんですよね」
そう話すのは、北海道・下川町で地域おこし協力隊「シモカワベアーズ(課題解決型地域おこし協力隊)」として活動する菅沼さん。
人口約2,700人の小さな町で、役場のDX推進や業務改善、スマホ相談室、森ジャムの企画、地域の集まりなど、町のさまざまな現場に関わっている。
前職は、中央省庁の国家公務員総合職。地方勤務2年、本省勤務1年を経験し、国の制度や政策づくりに関わる仕事に携わってきた。
中央省庁で働いていた20代の若者が、なぜ北海道の小さな町に来たのか。
大きな組織の中で働きながら、「この仕事は、誰のために、何のためにあるのか」と感じたことがある人にとって、菅沼さんの選択は、一つのヒントになるかもしれない。
霞が関で感じた「もったいなさ」
地方勤務2年、本省勤務1年。
菅沼さんは、国の制度や政策に関わる仕事を通じて、多くの経験を積んできた。一方で、働く中で少しずつ膨らんでいった感覚があった。
それが、「もったいない」という思いだった。
本省で予算要求や政策調整を担当していた頃、菅沼さんは政策の現場で、民間企業から出向してきた実務経験者たちと一緒に働く機会があった。
現場をよく知る人たちの言葉や視点に触れる中で、それまで自分の中にあった違和感が、少しずつ輪郭を持ち始めたという。
「人も予算も、仕組みもある。優秀な人もたくさんいる。だからこそ、もっと良くできるはずだと思ったんです。これは前職を否定したいわけではなくて、本当に“もったいない”という感覚でした」
国の仕事には、大きな影響力がある。
制度をつくり、予算を動かし、全国に波及する仕組みを整える力がある。そこに関わる人たちも、優秀で、真面目で、責任感を持って仕事をしている。
だからこそ、菅沼さんは「何のためにやるのか」が見えにくいまま仕事が進んでいく場面に、もどかしさを感じていた。
「ちゃんと目的があり、現場の声とつながっていれば、もっと力を発揮できる。そういう余地があると思ったんです」
ここで言う「もったいない」は、まだ良くなる余地があるという希望に近い。
制度や予算を動かす力があるからこそ、その力がもっと現場に届く形で使われたらいい。菅沼さんの違和感は、そうした前向きな感覚から生まれていた。
自分のキャリアを長い目で見たとき、下川町に来ることは、ひとつの仮説だった。
「ずっと同じ組織にいる自分と、一度外に出て現場を経験した自分。長い目で見たときに、後者の方が自分にとっても、組織にとっても、社会にとっても良い選択肢になるんじゃないかと思いました」
外に出ることで、制度や政策が届く先にある現場を知ることができる。
そこで得た経験は、仮に将来また別の選択肢を選ぶことがあっても、必ず活きるはずだ。
なぜ、下川町だったのか
菅沼さんが北海道に関心を持った背景には、地方勤務時代の経験がある。
旭川で勤務していた頃、北海道各地を訪れる中で、地域ごとの個性を強く感じるようになった。
「北海道って、エリアごとに食が違うんです。ある地域ではうどん、別の地域ではアスパラ、海沿いなら海産物。食を中心にした祭りに行くと、普段は静かに見える町に、どこからともなく人が集まってくる。その活気に惹かれました」
人口が少ない町でも、地域の食や祭りをきっかけに人が集まり、場が立ち上がる。
その光景から、菅沼さんは「地域には、その土地ならではの力がある」と感じた。
北海道は、人口減少や地域交通、産業の担い手不足など、多くの地域課題を先に経験している場所でもある。
ここで何かを実践できれば、10年後、20年後に同じ課題に向き合う他の地域にも活かせるかもしれない。
そう考え、北海道での次の一歩を探し始めた。
数ある自治体の中で、なぜ下川町だったのか。
決め手は、意外なほどシンプルだった。
「最初に話した人と、ちゃんとキャッチボールができるかどうか。それが想像以上に大きかったです」
移住相談やオンライン面談を通じて、複数の自治体と接点を持った。
その中で感じたのは、窓口となる人の重要性だった。
こちらの質問に対して、ただ制度を説明するだけではなく、町の状況や人のつながり、自分に合いそうな関わり方まで含めて返してくれるか。
その応答の質が、そのまま町の印象につながったという。
「下川町では、どんな角度から質問しても、自分の言葉で返ってくる感覚がありました。この人は町のことをちゃんと知っているし、自分の話を聞いた上で考えてくれている。そう感じられたのが大きかったです」
下川町での滞在も、一般的な移住体験ツアーとは少し違っていた。
観光地を巡るのではなく、菅沼さんの関心に合わせて、町で活動する人たちと1対1で話す機会が組まれていた。
「住む場所を探していたというより、自分が何をやれるか、何を試せるかを見たかったんです。下川町では、その関心に合わせて人をつないでもらえた。それが大きかったですね」
ICT支援の様子
下川町で見つけた「現場で動かす」仕事
下川町に来てからの菅沼さんの活動は、一言で言えば、答えのない現場の連続だ。
役場のDX推進、業務改善、福祉分野のデジタル化、校務ポータルサイトの整備、スマホ相談室、森ジャムの企画会議。
それぞれテーマは違っても、共通しているのは「答えが最初から決まっていない」ということだ。
「前職では、比較的“やるべきこと”や“着地点”が決まっている仕事が多かったんです。でも下川町では、そもそも何が問いなのかから考える必要がある。そこが大きく違いました」
AIに聞けば、方法はいくつも出てくる。
アンケートフォームの作り方も、業務改善の事例も、会議の進め方も、検索すれば大量に見つかる。
けれど、それがそのまま目の前の現場で動くとは限らない。
高齢者に使ってもらうのか。職員が入力するのか。現場の人が後から直せるのか。来年も使えるのか。そもそも、その業務は何のためにあるのか。
そうした問いは、現場に入って、一緒に考えなければ見えてこない。
菅沼さんが関わった取り組みの一つに、保健福祉分野のフレイルチェックがある。
これまでは、高齢者が紙にアンケートを書き、職員がその内容を転記し、成績表を作成する形で行われていた。
そこには転記の手間があり、入力ミスの可能性があり、担当職員の時間も取られる。
ただし、この業務の難しさは、単純に「何時間削減できたか」だけでは測れなかった。
「フレイルチェック自体は、毎日ある業務ではないんです。だから単純な削減時間だけを見ると大きく見えない。でも、変わったのは仕事の質でした」
最初に考えたのは、アンケートフォームを使って高齢者自身に入力してもらう方法だった。
しかし、話を聞いていくうちに、それが本当に良い方法なのか、考え直すことになった。
担当職員には、バックオフィスの作業を減らしながら、高齢者と接する時間はむしろ増やしたいという思いがあった。
そこで、アンケートフォームを高齢者が直接入力するのではなく、職員が高齢者と対話しながら入力する形にした。
「全部をデジタル化して、職員と高齢者の接点をなくすのではなく、転記だけをなくす。高齢者と話す時間は残す。むしろ、対話しながら入力することで、気づいたこともその場で残せるようにしたんです」
DXというと、どうしても「削減時間」や「効率化」が注目されやすい。
しかし、この取り組みで起きたのは、単なる時間削減ではなかった。
紙を回収して、後で入力する作業を減らす。
その代わりに、目の前の高齢者と話す時間をつくる。
そして、その人に合った次の支援につなげる。
菅沼さんが言う「現場で動かす」とは、まさにこういうことだ。
また、仕組みをつくるときには「現場が使い続けられるか」も大切にした。
AIで一気に作る選択肢もあった。けれど、後から項目を変えたいとき、現場の人が対応できなければ続かない。
「良いものを作るだけなら、いろいろな方法があります。でも、現場の人が自分たちで直せないと続かない。今回は、職員が今後も扱いやすいものを使うことにしました」
その後、元気教室の業務でも「これもフォームでできるのでは」と職員側から声が上がった。
フレイルチェックで一緒に作った経験が、次の改善につながったのだ。
小学校では、校務ポータルサイトの整備にも関わった。
日報、予定、欠席情報などを一元的に見られるようにし、校内モニターへの表示も自動化した。
以前は、同じ情報を日報にまとめ、さらにパワーポイントに移し替えてモニターに表示していた。そこには転記の手間も、写し間違いのリスクもあった。
欠席情報を教室からタブレットで確認できるようになったことも、現場から便利になったと声があった。
児童の安全管理の面でも、教職員の負担軽減の面でも、大きな改善だった。
下川町の役場、福祉、学校。
それぞれ組織も文化も違う。けれど、共通しているのは「現場に合わせて、小さく試し、使いながら直していく」ことだった。
小学校からの要望で校務ポータルサイトを作成、400時間の削減効果が見込まれる
スマホ相談室から始まった、町民との関係性
菅沼さんの活動は、業務改善だけではない。
町民との関係性をつくるきっかけになったのが、スマホ相談室だった。
下川町に来た当初、菅沼さんは地域課題を知るために、いろいろな人と話したいと考えていた。
しかし、高齢者と自然に出会う機会は、思ったほど多くなかった。
そんなとき、他地域の協力隊から「スマホ相談室は高齢者と接点をつくるのに良い」と聞いた。
「地域のことを知りたいと思っても、いきなり高齢者の方と話す機会はなかなかありません。スマホ相談室なら、困りごとを聞きながら自然に話せるんじゃないかと思いました」
最初は、既存のイベントやサークルに合わせて実施した。
老人クラブなど、すでに人が集まっている場所にチラシを配り、まずは来てもらいやすい形をつくった。
スマホ相談室を始めて見えてきたことがある。
それは、スマホの困りごとは高齢者だけのものではないということだ。
スマホのデータをどうバックアップすればよいのか。アプリの設定が合っているのか。家族に聞くほどではないけれど、不安がある。
そうした相談は、働いている世代からも寄せられた。
また、携帯ショップで相談するにも費用がかかる場合があり、隣町まで行く必要もある。
「“こういう場があって助かる”と言ってもらうことがあります。ちょっとしたことでも、聞ける場所があるだけで安心につながるんだと感じました」
スマホ相談室をきっかけに、老人クラブとの関係も生まれた。
忘年会や月1回の飲み会にも声をかけてもらうようになった。
その場に参加することで、ただの支援者と利用者ではない関係が生まれていく。
「スマホ相談室が入口でしたけど、そこから飲み会に呼んでもらったり、イベントの告知を手伝ってもらったりするようになりました。地域の中で、少しずつつながっていく感覚があります」
相談室でスマホを教える。
そこで終わりではない。
顔が見える関係ができることで、別の活動にもつながっていく。
小さな町では、人と人の関係が、新たな課題の発見や課題解決の糸口の種になる。
スマホ相談教室、参加された高齢者同士が教えあうことも
知識を、現場で使える形にする
菅沼さんは、下川町のイベント「森ジャム」にも関わっている。
森ジャムには、さまざまな思いを持った人が関わっている。だからこそ、企画会議ではいろいろな意見が出る。
それ自体は良いことだ。
しかし、意見が広がりすぎると、「結局、今年の森ジャムで何を大事にするのか」が見えにくくなる。
「いろいろなアイデアが出るんです。でも、それって森ジャムでやる意味があるのかな、と思うこともありました。そこに森や木とのつながりがなければ、別のイベントでもいいんじゃないか、と」
菅沼さんは、コンセプトづくりについて本を読んだり、フレームワークを調べたりした。
読めば、理解はできる。
けれど、それを実際の会議に持ち込み、参加者の言葉を拾いながら、自然に方向づけていくのは簡単ではなかった。
「インプットしているときは、すごく分かるんです。“これだ”と思う。でも、それを実際の場に落とし込むのが難しい。知識として分かっていることと、使えることは違うんだと感じました」
そこで試したのは、議論を見える化することだった。
モニターに議題を映す。今、何について話しているのかを共有する。出てきた意見をその場でメモに残す。
それだけで、会議の流れは少しずつ変わっていった。
これもまた、現場で動かす仕事だった。
本に書いてある方法を、そのまま当てはめるのではない。
目の前のメンバー、場の雰囲気、話の広がり方に合わせて、使える形に変えていく。
その経験が、菅沼さんの中に少しずつ蓄積されている。
森ジャム実行委員会での準備作業
ベアーズという選択肢
菅沼さんが所属する「シモカワベアーズ(下川町で活動する課題解決型地域おこし協力隊の総称)」は、下川町の地域おこし協力隊の一つだ。
特徴は、決められた業務だけを担うのではなく、自分の関心や町の課題に合わせて、関わり方をつくっていけることにある。
「フリーというと、何でも自由にできるように聞こえるかもしれません。でも実際には、町の中にいろいろなレールが敷かれていて、その中から自分がどこに関わるのかを見つけていく感覚に近いです」
国家公務員として、幅広い業務に関わってきた経験がある。
だからこそ、菅沼さんはDX、福祉、教育、イベント、地域活動など、複数の場所に関わりながら、自分が力を発揮できる場所を探していった。
下川町では、人と人、活動と活動が思わぬところでつながっている。
スマホ相談室をしていたことが、商工会女性部でのスマホ講習につながる。老人クラブでの関係が、イベントの告知につながる。
「最初から全部がつながって見えていたわけではありません。でも、いろいろな場所に顔を出していたからこそ、後から掛け算のようにつながっていくことがありました」
もちろん、何でもかんでも引き受ければいいわけではない。
時間にも体力にも限りがある。
自由だからこそ、自分で選ばなければならない。自由だからこそ、何をやるのか、なぜやるのかを考え続ける必要がある。
でも、その分、自分の経験を現場に合わせて使いながら、役割をつくっていける。
それが、シモカワベアーズの面白さでもある。
プライベートでは地域のバレーチームなどにも参加
同じもやもやを抱える人へ
菅沼さんは、自分と同じように組織の中でもやもやを抱える人に向けて、こう話す。
「もし今の仕事に違和感があるなら、一度外に出てみるという選択肢もあると思います。外に出た上で、やっぱり戻るという選択もある。納得して選べることが大事だと思います」
ここで伝えたいのは、「辞めた方がいい」ということではない。
むしろ、今の仕事にやりがいや誇りがある人ほど、一度外の現場を知ることで、自分の経験の活かし方が広がる可能性がある。
菅沼さんの経験は、中央省庁で働く人だけに向けたものではない。
民間企業で働く人、都道府県や市町村で働く人、大きな組織の中で役割を担っている人。
「もっと自分で考えて動いてみたい」
「現場に近い場所で、自分の経験を試してみたい」
「この仕事は何のためにあるのかを、もう一度考えたい」
そう感じている人にとって、下川町のような場所はひとつの選択肢になる。
AIが答えを出してくれる時代に、問われるのは、答えを受け取る側のリテラシーだ。
返ってきた答えを鵜呑みにせず、自分の経験と照らし合わせて判断する力。ネットや本に載っていない、現場の手触りをつかむ力。うまくいかない理由を想像し、試しながら修正していく力。
そうした力は、実際に現場で動いてみることでしか育たない。
人口約2,700人の町、北海道・下川町。
そこには、知識を実践に変え、経験を自分のものにしていくための余白がある。
「簡単に答えが見つかるわけではないと思います。だからこそ、まずは話してみてほしいです。下川町が合うかどうかも、何ができるかも、話してみないと分からない。でも、話すことで、自分の選択肢として見えてくるものがあるかもしれません」
今の仕事に誇りがある。
でも、どこかで「このままでいいのか」と感じている。
もっと現場に近い場所で、自分の経験を試してみたい。
そんな人にとって、下川町は、次の一歩を考えるための場所になるかもしれない。
月に1度行われるタノシモカフェ、地域の方も移住された方も参加して、繋がりが生まれる場
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下川町のヒト
下川で暮らす人の生活、仕事、楽しみ。それぞれの日々の物語。

タノシモ、しもかわ。
関連サイト
しもかわ財団のnote: note しもかわ財団
下川町の暮らしを動画で知る: YouTube 北海道下川町移住サポート
下川町の空き家を探す: しもかわ空き家バンク
下川町の公営住宅を探す: 下川町公営住宅情報WEB
下川町の求人を探す: 下川人財バンク
下川町での生活費をイメージする: 移住 生活費シミュレーション@下川町
北海道各地のイベント、暮らしやコミュニティの情報: DOORS.hokkaido X
北海道総合政策部地域政策課が運営する北海道の関係人口情報note: DOORS.hokkaido note




















